仕事柄、色々とワクチンに関して見解を求められることがあります。
このブログでもそれなりの数の記事を書いてきたと思います。
今回は、よくある言説について批判的吟味、またワクチンの歴史を振り返っていきたいと思います。
よくある言説その1.mRNAワクチンの研究は1990年代から行われてきたが、コロナワクチンの実用化以前は大きな成功をおさめていなかった。しかし、2020年のコロナパンデミックにより突然mRNAワクチン技術は実用化されるとは不思議だ。
→回答は以下の通り
要旨:主張は「半分正しいが、肝心な文脈が落ちている」です。
「2020年までmRNAワクチンに承認品はなかった」は事実ですが、「突然実用化された」わけではありません。1990年代以降の基盤研究・2000~2010年代のブレークスルー・2010年代後半の臨床実績、そして2020年の政策的・規制的な加速策が合わさって“承認”に到達しました。どこが正しく、どこが誤解を生むか
- 研究の歴史
- 1980年代~1990年代に、mRNAを体内で発現させる原理実証が行われています(Wolffらの筋肉内投与など)。(Europe PMC)
- 2005年にカリコ&ワイズマンらが「修飾ヌクレオシド」でmRNAの過剰な自然免疫活性化を抑える方法を示し、これが後の実用化の土台になりました(2023年ノーベル賞の対象)。(PubMed, セル.com, TIME)
- 2010年代には**脂質ナノ粒子(LNP)**の改良が進み、体内送達と安定性の課題が大きく改善。プラットフォームとしての現実味が増しています。(Nature, PMC)
- コロナ前の「成功」はあったのか
- 承認品は無かったものの、臨床試験での有望な結果は複数あります。たとえば2017年のmRNA狂犬病ワクチンの第I相で安全性と免疫原性が示され、専門誌に掲載。(PubMed, ランセット)
- 同じく2017年、BioNTechは個別化がんワクチンのmRNAで、メラノーマ患者に多面的なT細胞応答を誘導した臨床結果をNatureに報告。(Nature, investors.biontech.de)
- さらに、CMVやZikaなど感染症向けmRNA候補もコロナ前から臨床・前臨床で進展していました。(trials.modernatx.com, Oxford Academic, Nature)
→ つまり「大きな成功が全く無かった」よりは、「承認に至る最後の一歩(大規模有効性の証明と規制承認)が、まだ残っていた」というのが実像です。包括的レビューもその段階感を示しています。(Nature, PMC)
- なぜ2020年に“急に”承認まで行けたのか(「突然」ではなく熟成+加速)
- 抗原設計の準備が既にあった:コロナのスパイク蛋白をプレフュージョン構造で安定化させる「2P」変異の戦略は、2017年からコロナ属で確立され、2020年のSARS-CoV-2にも迅速に適用されました。(PNAS, PMC, Nature)
- 規制・資金面の圧縮:Operation Warp Speed等により、臨床各相のオーバーラップ実施や**製造の先行投資(at risk)**が行われ、時間短縮が可能に。EUA(緊急使用許可)の枠組みで、十分な規模の第III相有効性データを前提に早期供給が認められました。(GAO, U.S. Food and Drug Administration, PMC)
- 疫学的条件:感染流行下でイベント数が多く、短期間で統計的に有意な有効性を判定しやすかったことも、スピードに寄与しました(一般論だが、GAO報告もスケジュール圧縮の実態を説明)。(GAO, PMC)
バランス評価(メリット/限界)
- メリット:COVID-19でmRNAプラットフォームは、数ヶ月で設計→大規模試験→EUAという前例のない俊敏さを示し、のちにフル承認も取得(各国の時期は異なる)。プラットフォーム型の量産・改変の容易さが実証されました。(Nature)
- 限界・課題:すべてのmRNAワクチンが成功したわけではなく(例:一部候補の有効性不足)、コールドチェーン、変異による効果低下、まれな有害事象など、運用・科学の両面で改善余地が残ります(ここは総説・レビューが繰り返し指摘)。(Nature, PMC)
結論
- 「1990年代から研究 → 2020年に突然実用化」という表現は、承認品が出る直前まで積み上がっていた技術的・臨床的進歩と、政策的な加速策を見落とすことで「飛躍」を過大に感じさせています。
- 事実関係としては、長年の基盤研究(修飾ヌクレオシド、LNP)+コロナ前の臨床的“成功”(安全性・免疫原性の実証)+パンデミック下の規制・資金の大胆な前倒しが、2020年に承認へ到達させた、という理解がより妥当です。(PubMed, Nature, GAO)
まとめ(一言)
「突然の実用化」ではなく、「下ごしらえ30年+非常時の加速」で一気に花開いた——が実像です。 (Nature)
よくある言説その2.コロナワクチンは治験がすんでいないのに実用化された。
→回答は以下の通り。
結論:「治験がすんでいないのに実用化」は誤りです。
初回接種が始まる前に、主要ワクチンは大型の第3相ランダム化比較試験(RCT)で主要評価項目を達成し、そのデータに基づいて各国規制当局が緊急使用許可(EUA/特例承認)を出しています。長期追跡や追加解析は承認後も続く――これはワクチンに限らず薬事の標準運用で、「試験を飛ばした」こととは違います。事実関係(要点)
- 米FDAはEUAの条件として「少なくとも一つの適切に設計された第3相試験で、安全性と有効性が明確に示されること」「接種完了後“中央値2か月”以上の安全性追跡」等を要求。コロナワクチンのEUAはこの基準で審査されました。(downloads.regulations.gov)
- ファイザーBNT162b2:被験者約4.4万人の第3相RCTで有効性95%(主要評価項目達成、NEJM)。これを踏まえFDAは2020年12月にEUA、のち2021年8月に正式承認(BLA)。(ニューイングランド医学ジャーナル, U.S. Food and Drug Administration)
- モデルナmRNA-1273:被験者約3万人の第3相RCTで有効性94.1%(NEJM)。2020年12月にEUA。(ニューイングランド医学ジャーナル, PubMed)
- 「段階を飛ばした」のではなく、**試験の段階を“オーバーラップ”**させ、製造を先行投資することで時間短縮(Operation Warp Speedの運用)。米政府監査院(GAO)は「試験段階を省略していない」と整理しています。(政府監査局)
- WHOのEUL(緊急使用リスティング)も、未承認品を対象にリスク・ベネフィットを評価し、第2/3相のデータ等を基に限定的使用を認める枠組みです。(世界保健機関, Gavi)
- 日本でも、ファイザー製を2021年2月14日に特例承認。特例承認は外国の治験成績などを用い緊急使用を認める制度で、承認後もデータ収集(製造販売後調査・長期追跡)を義務付けています。(PMDA, 厚生労働省)
よくある誤解の整理
- 「治験が“完全に終わる”まで承認できない」わけではありません。主要評価項目を満たした時点で規制当局はベネフィット>リスクと判断して承認(EUA/特例)できます。長期安全性・有効性のフォローアップは承認後に継続され、その結果は正式承認やラベル改訂に反映されます。(downloads.regulations.gov, ニューイングランド医学ジャーナル)
ひとことで:**大規模RCTで“主要ゴールを達成→緊急承認→長期追跡でアップデート”**という手順であり、「治験ナシの見切り発車」ではありません。(U.S. Food and Drug Administration, downloads.regulations.gov)
医薬品が実用に足り得るかを調べる臨床試験が第4相まである、ということは私は医学部時代に学びました。医学部のみならず医療系の学部であれば学ぶのでしょう。
ワクチンに関してはそれが世に出た時から忌避者による反対があります。
陰謀論チックなものの歴史は以下の通り。
以下、超ざっくり年表+共通パターンです。
年表(ごく簡潔)
- 18〜19世紀:種痘・ワクチン導入期から反発は常在。英国では「牛の病気になる」といった風刺(ジェンナー時代)や、強制接種=政府の横暴という陰謀論が登場。
- 1850〜1900年代:英で反ワクチン同盟が結成、義務化に反対運動。米では**Jacobson判決(1905)**が公衆衛生上の接種義務を支持する一方、「国家と医薬業界の結託」論が育つ。
- 1950〜60年代:ポリオワクチン普及。Cutter事件やSV40汚染問題を契機に、「危険を隠している」系の主張が強化。
- 1976年:米の豚インフル集団接種で副反応問題→「政府のワクチン利権」陰謀論が拡散。
- 1980年代:**DPT(百日せき等)**報道で安全性不安が過熱。「メディア×訴訟×製薬の癒着」物語が定型化。
- 1998年〜2010年代:MMRと自閉症を結びつけたウェイクフィールド論文(のち撤回)が世界的陰謀論の核に。**チメロサール(水銀)**も標的化。
- 2009年 H1N1:**「WHOが定義を変えて製薬のためにパンデミックを煽った」**という定番説が流行。
- 2013年 日本のHPV:積極勧奨の一時中止を契機に、不妊・人口抑制といった陰謀論が定着(2022年に勧奨再開後も尾を引く)。
- 2020年代 COVID-19:**「マイクロチップ」「5G」「DNA改変」「不妊」「人口削減」「ビッグファーマと政府の世界支配」**など、多数の物語が同時多発。規制迅速化や副反応報告制度(VAERS等)の誤用が燃料に。
- 近年:**「突然死」「ターボがん」**など新ラベルが登場し、SNSアルゴリズムとインフルエンサーが拡散を加速。
繰り返し現れるパターン
- 新技術+不確実性:導入初期の情報不足が「隠蔽」物語に置換されやすい。
- 義務・同調圧力への反発:**“国家・専門家・製薬の三位一体”**という構図で語られやすい。
- 単純な因果化:時間的前後関係=因果とみなし、背景率やバイアスを無視。
- 既存不信の増幅:実在した失策(Cutter事件など)を無限定に一般化。
- 物語の再利用:テーマは変わっても「人口削減」「利権」「監視」など定番フレームが繰り返し流用。
見分け方のコツ(実務的)
- 検証可能性:一次データ(論文・規制資料・疫学統計)に当たれる主張か。
- 反証可能性:どんな証拠が出れば間違いを認めるのかが明示されているか。
- 比較の有無:背景発生率・リスク比較(感染 vs 接種)が示されているか。
- 動機の過剰推定:意図(悪意)だけで現象を説明していないか。
- 情報源の多様性:単一の動画・ブログ・X投稿に依存していないか。
まとめ:陰謀論は**“新規性への不安 × 政府・製薬への不信 × 単純化された物語”**の掛け算で周期的に再生産されます。歴史を踏まえ、一次情報・反証可能性・リスク比較で淡々と点検するのが最短ルートです。
ワクチンに関する陰謀論のうち、検証されたものについては以下の通り。
いくつも「危険だ」とされた主張が、その後に大規模データや系統的レビューで検証されています。結論は大きく二つに分かれます――(A) 否定されたものと、(B) 特定ワクチン・集団で“まれだが実在したリスク”が確認されたもの。
(A) 否定された主張(代表例)
- MMRワクチンと自閉症:多数の疫学研究とCochrane/全米医学アカデミー(IOM)審査で因果関係なし。(PMC, Cochrane, nationalacademies.org)
- チメロサール(水銀)と自閉症:IOMが因果を支持しないと結論。後続レビューでも裏付け。(NCBI, PMC)
- HPVワクチンで不妊(原発性卵巣不全)になる:デンマークの全国規模コホートなどで関連なし。(PMC, PubMed)
- COVID-19ワクチンで流産・不妊が増える:NEJM・JAMA等の妊娠/生殖データで増加なし(IVF含む)。(ニューイングランド医学ジャーナル, PMC)
- ポリオワクチンのSV40汚染でがんが増えた:1955–63年に実際に一部汚染はあったが、IOMやNCIの評価は人でのがん増加を示す確証なし/証拠不十分。(米国疾病予防管理センター, がん情報センター, nationalacademies.org, フィラデルフィア小児病院)
(B) “まれだが実在”と検証されたリスク
- 1976年・豚インフルエンザワクチンとギラン・バレー症候群(GBS):約1/10万の過剰リスクが後年の解析で確認。(米国疾病予防管理センター)
- 2009年H1N1・Pandemrixとナルコレプシー(主に北欧の子ども・若年):有意なリスク上昇が複数国で確認。製品・地域特異的。(archive.cdc.gov, BMJ)
- mRNA型COVID-19ワクチンと心筋炎:若年男性・2回目接種後にリスク上昇(米CDC報告で12–24歳男性:約50–63/100万)。一方、感染による心筋炎リスクの方が高いという比較研究が多数。(米国疾病予防管理センター, PMC, www.heart.org)
どう読むべきか(要点)
- 陰謀論の多くは検証で否定されてきました(MMR自閉症、HPV不妊、チメロサール等)。
- 一部には“低頻度だが実在”のリスクが見つかったケースもあります(1976年GBS、Pandemrixのナルコレプシー、mRNA後の心筋炎)。これは薬剤監視が機能している証拠で、リスク把握→推奨の調整や製品・間隔選択に反映されています。(米国疾病予防管理センター)
まとめ:
「危険だ」という物語は必ずしも陰謀ではなく、多くはデータで反証され、まれに特定条件のリスクが同定されます。重要なのは、主張が大規模データで再現されるか、**比較(接種 vs.感染/背景率)**に耐えるか、という点です。
最後に、私が個人的にお気に入りのかんわいんちょーのYouTube動画を紹介します。
要約は以下の通り。
要約します。動画では、コロナとワクチンをめぐる「情報戦」をテーマに、以下の点を述べています。
- 反主流(メディアに逆張り)の情報はYouTubeなどで拡散しやすいが、「逆張り=正しい」ではない。玉石混交なので注意が必要。
- 感染拡大は医療逼迫と死亡増を通じて経済・国力にもマイナス。研究紹介を踏まえ、適度な感染対策を講じた方が結果的にGDPへの悪影響が小さかった国もあると指摘。日本は国際比較で極端に厳格ではなく、むしろ被害を抑えた面があるという見方。
- ワクチン不信を煽る誤情報について、米国務省(2023/3報道)やEUの対外情報機関(2023/4報告)が「特定国によるオンライン・プロパガンダ」を指摘していた事例を紹介(当該国は関与を否定)。
- BMJで報じられたファイザー治験受託会社(Ventavia)に関する内部告発は、欧州医薬品庁(EMA)の調査で「データ入力遅延などの不備はあったが、安全性・有効性の結論には影響しない」と整理された、と解説。にもかかわらず一部メディアが過度に取り上げ、二重基準的な批判につながった面を指摘。
- 海外で生じた誤情報が日本に後追いで流入・増幅される傾向がある。外部の思惑に振り回されず、エビデンスに基づく評価と冷静な対策継続が必要。
- 最後に、分断を深めず、出口戦略を見据えつつ感染制御を続け、社会の安全・健康・経済を守ろうと呼びかけて締めくくる。
一言で:ワクチン・感染対策をめぐる“情報戦”に流されず、根拠に基づいて冷静に感染制御を続けよう、というメッセージの動画です。
コメント
記事とは関係ないですが、コメント消さないでね。
浜田聡YouTubeの2つで、
私のブロックが解除されたのを確認しました。
また、私xですが、
grokに質問して、浜田先生が閲覧しているのを知りました。
4月の「せふぇむに政治的完敗」の動画では
私をミュート設定にしているとのことでしたが状況がよく分からないです。
閲覧しているのなら、
良いと思う投稿があれば私のリポストも再開してください。