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参議院の調査室に調査依頼→大蔵省という名前の由来と省名変更について

(2020年7月22日追記 参議院調査室の行う調査は、各議員の調査依頼に沿うものであり、調査結果については参議院調査室の見解ではありません。ここで公表している内容は、調査室に調査いただいたことではありますが、あくまで立法調査活動の「補佐」いただいたものであり、私の責任のもとの調査結果として公表させていただくものです。)

国会の衆議院・参議院ともに、それぞれの議員を調査面でお手伝いしてくれる調査室という機関?があります。

国会キーワード 参議院の調査室(PDF)

衆参両院には、議員活動全般を調査面で補佐するため、それぞれ「調査室」が置かれています。

(中略)

調査業務の一端を紹介すれば、例えば、議案審査では、議員立法を起草するための調査、付託された法律案の提案理由・問題点・利害得失等に係る調査、参考資料の作成、決議や審査報告書・調査報告書の原案作成等を行っています。また、委員派遣等により国内外の行政現場等を視察する際には、日程案を調整した上で、現地に赴く議員に随行し、報告書の原案作成等を行います。さらに、国会議員や議員秘書の方々からの依頼に応じ、法律案等の論点整理、政策課題の問題分析、各種公表資料の収集・分析を行い、議員が本会議や委員会等において質疑・討論等を行う際の準備作業を補佐するなどしています。

これまで調査室には幾度となくお世話になってきました。調査内容については、PDFファイルやワードファイルなど、電子データでいただけるのがありがたいです。

さて、先日この調査室に「大蔵省」について調査を依頼して、その調査結果が返ってきましたので公表します。皆さんご存じと思いますが、2001年の省庁再編で、大蔵省が財務省と名称変更がありました。これに関連して以下の調査依頼をしました。

・大蔵省という名称の由来は?

・2001年省庁再編当時の大蔵省の官僚は、大蔵省という名称が財務省に変更となることに関して官僚の反発があったと聞いているが、これに関する資料がほしい。

この調査依頼について返ってきた回答は以下の通りです。

①「大蔵省」という名称の由来について

「大蔵省」という名称は、律令時代から使用されていました。近代国家の中央機関としての大蔵省は、明治2年(1869年)7月に「職員令」によって政府機構の根本的な改正が行われた際に、従来の「会計官」に代わって設置されました。

大蔵省史』では、「職員令」は大宝律令の旧制にならった復古的色彩が強く、大蔵という古風な名称は「職員令」の復古的性格に由来するものと思われる旨の見解が示されています(資料1)。

②名称が財務省に変更となることに対する当時の大蔵官僚の反発について

<財務省への名称変更の経緯>

大蔵省の名称の取扱いについては、橋本内閣における行政改革の議論の中で検討され、大蔵省、財務省及び財政省の3案が候補となりました。最終的には橋本首相に一任され、平成9年(1997年)12月の行政改革会議の最終報告に橋本首相の判断で財務省への名称変更が盛り込まれました(資料2)。この最終報告を受け、平成10年(1998年)6月に中央省庁等改革基本法が成立しました。

その後、中央省庁等改革基本法に基づき設置された中央省庁等改革推進本部において各省の設置法など個別法の検討が行われ、中央省庁等の再編に当たって設置する新たな省の名称については小渕首相に一任されました。そして、平成11年(1999年)4月の中央省庁等改革推進本部顧問会議において財務省を含む新たな省の名称が明らかにされました(資料3)。

<名称変更への反応>

名称変更について、宮澤大蔵大臣は、閣内において省の名称は総理大臣の決定に一任することとなっているので総理大臣が財務省と決定したことに異存はない旨の認識を示しています(資料4)。ただ、報道によると、決定前には「大蔵省」の名称存続に向けた動きがみられたとのことです。例えば、事務次官OBが「大蔵省」の名称が残るよう訴える文章を雑誌に投稿したこと(資料5 平成11年4月16日朝日新聞記事)、事務次官経験者がOBの自民党議員を巻き込み官邸サイドに積極的な説得工作を展開したこと(資料6 1999/04/16 産経新聞 ⼤阪朝刊 9ページ)などが報じられていました。加えて、平成10年(1998年)12月には小渕首相が設けた有識者懇談会(座長:後藤田正晴元副総理)が「大蔵省」の名称存続を求める答申をまとめています(資料6)。

また、橋本首相の政務秘書官を務めた江田憲司衆議院議員は、名称変更について政府・与党の会議で自民党幹部から反発を受けたことを示したほか、元大蔵官僚の宮澤喜一財務大臣が財務省の看板の揮毫を拒否してコンピュータグラフィックスから選ぶなど(※)大蔵省の名称に強い思い入れがあったとの見解を示しています(資料7)。

※なお、財務省の看板については、平成28年(2016年)6月の庁舎の耐震工事に伴い元の看板が目視できなくなることから、麻生財務大臣が揮毫したものが新たに設置されています(資料8)。

大蔵省が財務省となってそろそろ20年になります。今回の記事内容に関連する動画がありましたので紹介します↓。

現在も省庁の中の省庁と呼ばれている財務省の歴史については、↓の本を読むとよくわかります。「増税は、財務省の伝統に反する。」とのことですが、なぜ今のように増税をしたがる省庁になってしまったのか、が記載されているように思います。

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コメント

  1. 匿名 より:

    大きな蔵という名前の組織が残るようでは、国民からの搾取を前提とした古来の国家繁栄のあり方を変えられないと感じます。