今回は(も)私が政策立案でお世話になっている救国シンクタンク(チャンネルくらら)のライブ配信から。
要約は以下の通り。
動画(救国シンクタンクのライブ配信)の内容を、主要なテーマごとに詳しく要約します。この動画では、緊迫する中東情勢、発足した第2次高市政権の政策、消費税減税、日銀人事など、多岐にわたるトピックについて専門家が議論しています。
1. 緊迫する中東・イラン情勢とメキシコ [03:10]
イラン情勢: 米・イラン間の軍事衝突の懸念について、内藤陽介氏や小川清史氏は「第3次世界大戦」のような全面戦争に発展する可能性は極めて低いと分析しています。イランには全面戦争を戦う体力がなく、米国も体制崩壊までは望んでいないため、あくまで「威嚇」や「空爆による限定的な圧力」に留まるとの見解です [07:21]。
米国の優先順位: 米国にとっての最優先は「西半球(中南米)」であり、次いで「中国(インド太平洋)」、その次に中東が来ると指摘されています。現在はメキシコの麻薬カルテル対策(エルメンチョ殺害後の情勢)への優先度が高まっており、中東への関与は相対的に低いとされています [13:35]。
2. 第2次高市政権の外国人政策 [29:51]
提言の実現: 救国シンクタンクが提言していた外国人政策の一部が、高市政権下で実現に向けて動き出したことが報告されました。
帰化・永住要件の見直し: 柳ヶ瀬裕文氏(特別研究員・前参議院議員)の功績として、これまでの「帰化要件(5年)が永住要件(10年)よりも短い」という逆転現象が是正され、帰化要件が10年に厳格化される方針が決まったことが強調されています [34:17]。
3. 消費税減税と「国民会議」の行方 [42:07]
消費税減税への期待: 高市首相が掲げる「消費税減税」や「給付付き税額控除」について議論されました。
政治的判断: 渡瀬裕哉氏は、自民党が衆議院で圧倒的多数(3分の2)を確保している現状では、野党(国民民主党など)を巻き込んだ「国民会議」をわざわざ開く必要はなく、与党の責任で速やかに減税を実行すべきだと主張しています [43:21]。
4. 日銀新委員の人事 [59:17]
リフレ派の起用: 新しい日銀審議委員として、佐藤綾野氏や浅田統一郎氏が提示されたことについて、高市首相の「積極財政・金融緩和」路線のカラーが強く反映された人事であると評価されています [01:01:07]。
利上げへの牽制: この人事により、安易な利上げが抑制され、政権が目指す「責任ある積極財政」が進めやすくなるとの期待が示されました。
5. 救国シンクタンクの活動成果 [01:06:58]
倉山満氏より、シンクタンクの7つの提言のうち5つが既に実現、あるいは決定的な動きを見せていることが報告されました。特定の補助金を受け取らず、会員の支援によって独立した政策提言を続けていく姿勢が改めて示されました。
重要ポイントを確認しておきます。
動画において、救国シンクタンクの専門家たちが強調している、オールドメディアではあまり触れられないが極めて重要な視点を整理して羅列します。
1. 「世界大戦」の煽りに対する軍事的・政治的否定
地上軍動員の欠如: オールドメディアは「第三次世界大戦の危機」と煽りがちだが、軍事専門家の小川氏は、米国が地上軍を動員していない点に注目すべきと指摘。空爆だけでは占領や最終的な勝利は不可能であり、地上軍の動きがない限り、本格的な大戦争への発展はないというのが軍事的な定説であるとしています。
大国の定義: 倉山氏は、世界大戦とは「すべての大国が敵味方に分かれて戦うこと」であり、米中が直接戦っていない現状でこの言葉を使うのは不適切であると、メディアの言葉の乱用を批判しています。
2. 米国の優先順位における「西半球ドクトリン」
中東よりも中南米: 日本の報道では中東情勢が大きく扱われるが、内藤氏は、米国にとっての最優先は「西半球(南北アメリカ)」であると断言。米国にとって中南米は「外国」ではなく「身内」の領域(モンロー・ドクトリンの範囲)であり、そこの治安や麻薬対策(メキシコ・カルテルなど)こそが、中東の石油よりも死活問題であるという視点です。
3. 外国人政策における「制度の不整合(ハック)」の是正
帰化と永住の逆転現象: 柳ヶ瀬氏が指摘したのは、これまで「永住権(10年)」よりも「帰化(5年)」の方が居住要件が短いという、国家として不自然な制度の穴(ハック)が存在していた事実です。これは法務省内の縦割り(帰化担当と永住担当の断絶)が原因であり、これを是正することは排外主義ではなく、国家制度の整合性を取る実務的な作業であると説いています。
4. 経済政策における「抱き合わせ販売」への批判
国民会議の形骸化: 渡瀬氏は、与党が圧倒的多数を占めている以上、野党と「国民会議」を開く必要はなく、速やかに実行すべきだと主張。また、減税と「給付付き税額控除」をセットで議論させる手法を「抱き合わせ販売」と呼び、財務省などの意向による「減税をさせないための時間稼ぎ」である可能性を鋭く指摘しています。
5. 日銀人事と「財務省ダービー」の決別
高市カラーの貫徹: 今回の日銀委員人事は、財務省や日銀が用意したリスト(既定路線)ではなく、明らかに「高市首相の意思」で選ばれた人物である点に注目。これは単なる人選ではなく、政権が財務省の増税・緊縮路線に対して明確にNOを突きつけた政治的宣言であるという、インサイダー的な分析を行っています。
6. 皇室典範改正のハードルの低さ
国会の総意は形成済み: 一般メディアでは難航すると報じられがちな皇室問題だが、倉山氏は、現在の国会で反対している勢力は極めて少数(計算上は数名~十数名程度)であり、実際には「歴史的偉業」として成し遂げるための土壌は既に出来上がっているという独自の政治状況を明らかにしています。
報道の煽りに影響されないようにしたいものです。
コメント
ブログの本文、ありがとうございます。
拝読を再開して良かったです。
本来の元の自分に戻りつつあるのを実感するのも、幸せのひとつです。
高市総理は、安倍元総理ほどにも経済の基本を理解なさっていないように思います。
お店、中小企業はもちろん大企業の財務さえ、国家財政とは違うのだということを判別できていないように見えます。そのため、政権が民間に投資をしなければと施し経済ばかりが念頭にあるようです。なにか裏があるわけではなく大真面目かもしれないと、更に恐ろしく感じます。戦後、乱立していた企業をまとめるためのコンソーシアムが存在していたのは、餓死者を出さないための経済財政だった時代の話です。
(ブログのおかげで、いろいろありますが、今回は少なくとも2倍速での40分を得したかもしれません。)
既に情報統制が酷いです。気がかりです。
たいていの外資では、数年前から東京は上海配下の1部署の場合が多いです。
高市総理の堂々と嘘を言う姿勢は、何年も前から多くの分野の先生方が小さな声で話してきています。
まさか、ここまで不安を掻き立てられる結果が用意されているとは、衆院選前には考えていませんでした。
しかし、知っていたら浜田先生を応援する余裕はなかったので、個人的には結果として知らなかったことは幸せです。
本記事と関係ないのはご容赦願います。
今回は手短に。
おい、洗脳豆坊主こと浜田聡よ、がんばれ。
気づけば古参ファンの私が思うに、
今は良い感じの低迷と迷走をしていると思います。
今まで何度も浮き沈みや、横ばい、迷走から抜け出せない展開をくり返してますが
やっと兆しが見えてきました。明けない夜はないです。
私が言いたいのは、
「謙虚に冷静に」と「刺激を求めて突き抜けろ」です。
政治家は叩かれている内が花です。
「悪名は無名に勝る」アンチがいてくれるから政治活動が盛り上がります。
立花孝志党首のおかげで今の地位まできました。感謝や謙虚な気持ちを持つのが大事です。
上手くいかないのは、
それだけ進展や実績が出来た証とも言えます。
でも、自業自得な面も多いのが現実です。本気やりたいなら腹をきめるしかないです。
原点回帰も大事です。
なぜ政治家を目指したのか、答えは「刺激を求めて突き抜けた」からです。
浜田聡の原点は決して、日本への愛国心だとか、国民生活の向上などではなく
単なる自分の知的欲求を満たしたい「自分のため」です。浜田聡は聖人君子ではないです。
活動をしていく中で、さまざまな出会いや実情を知る機会を経て
自身の人脈や能力を日本や日本人をより良くするためにシフトしていったのだから
もっと自然体に、単純で良いと思います。税金の3原則と同じです。
そんな感じです。
がんばれ。
「イラン史上最も残忍」な抗議デモ弾圧、2日間で3万人超虐殺か 群衆に重機関銃掃射も
イランから反体制デモ鎮圧に関する情報が少しずつ漏れ伝わってきた。正確な死者数は依然として不明だが、今回の事態は、イランで抗議デモに参加した市民に対して振るわれた組織的暴力の中でも史上最悪の結果のひとつに数えられるのは既にして明らかだ。
米誌タイムは1月25日、イラン保健省高官の情報として、1月8日と9日の両日だけで最大3万人が虐殺された可能性があると報道。治安部隊がこの2日間にあまりにも多くの人々を殺害したため「国が有する遺体の処理能力を超えた」と伝えた。
同日、ロンドンに拠点を置くペルシャ語衛星放送局「イラン・インターナショナル」は、治安部隊が2日間で殺害したイラン人は3万6500人に上ると報じた。機密文書を編集局が精査してまとめた数字だという。さらに同局はこれを「街頭抗議活動における民間人虐殺として、2日間では史上最大かつ最も血なまぐさい弾圧」だと評した。
カナダのマウント・アリソン大学政治・国際関係学部のジェームズ・ディバイン准教授は、「イラン・インターナショナルは反体制派のメディアであることを忘れてはならない。提供される情報の扱いには慎重になる必要がある」と指摘。「現時点では、犠牲者数はまったく不明だ」「イラン政府による情報遮断のせいもあるが、抗議デモと死者(の発生現場)が全国数千カ所に分散していたためでもある」と説明する。
その上でディバインは、米国を拠点とする「人権活動家通信(HRANA)」が、この前例のない弾圧の「犠牲者を体系的かつ証拠に基づいて記録する取り組み」を進めていると述べた。本記事の執筆時点で、HRANAは少なくとも6000人の死亡を確認し、さらに1万7000件の事例を調査中だ。
「これらの事例が確認されれば、死者数は2万3000人に達する。イラン・インターナショナルの推定よりは少ないが、まさに戦慄の数字であることに変わりはない」とディバインは語った。
中東でも前例のない規模の虐殺
いずれにしろ、現代において最も悪名高い抗議デモ弾圧と比較しても、今回イランで起こった虐殺はその規模と残虐性において前例のないものであったことが窺われる。たとえば、2011年に始まったシリアの恐ろしい内戦では14年間で50万人以上が殺害された。しかし、イラン政府の支援を受けてシリアに独裁体制を敷いていたバッシャール・アサド前大統領でさえ、一度の弾圧や2日間という短い期間でこれほど多くの非武装の民間人を殺害したことはなかった。
2013年8月にシリア首都ダマスカス近郊の反体制派拠点・東グータが化学兵器攻撃を受けた際には、都市部の民間人居住区に神経ガスのサリンが散布され、1500人が犠牲となった。前大統領の父親である故ハフェズ・アサド元大統領が1982年2月に中部の都市ハマで行った虐殺では、政府軍と治安部隊により26日間に最大4万人が殺害された。この弾圧では、民間人が密集する市街地に向けて砲撃や戦闘機による攻撃が行われた。
中東にはこうした悲劇の歴史があるが、それでも1月現在イランで起こっている事態に匹敵する事例は見当たらない。イランの犠牲者数についてディバインは「もちろん、まだまだ増える恐れがある」と警告する。
デモ現場で何が起きていたのか
今回のイラン反体制デモは、耐え難い経済状況と通貨リアルの大暴落を背景に、昨年12月下旬に始まった。抗議行動は急速に全国規模の街頭デモへと拡大し、大都市から小さな村にまで、国内の経済と環境を荒廃させた現政権の退陣を求める声が広がった。
イスラム聖職者が政治の中枢を担う指導体制にこれまで忠実だった保守的なバザール(市場)の商人らも、より自由主義的で世俗的なイランの若者層に加わり、普段は対立しがちな社会階層を超えて人々が政権打倒という共通の目標の下に結集したのである。
首都街路で機関銃掃射
イランで最も強力な武力を有し、テヘランの指導者層を守ってその命令を執行しているのは、正規軍のアルテシュ(イラン・イスラム共和国軍)ではなく、イスラム革命防衛隊(IRGC)と民兵組織バシジだ。したがって、デモに参加した民間人を殺害した責任もIRGCとバシジにある。
イランに詳しい防衛アナリストのファルジン・ナディミは、1200万人が暮らすテヘラン都市圏のいつも人通りの多い複数の街路で、バシジが非武装の市民に対して旧ソ連製の12.7mm重機関銃DShKを使用したと指摘している。これは米国製ブローニングM2重機関銃に相当する威力をもつ。
「この機関銃に使用される12.7×108mm弾は重く、威力が高い。無防備な人体など跡形もなく吹き飛ばされてしまう」。ナディミは1月14日、X(旧ツイッター)にこう投稿した。「非武装の群衆をこれほど短時間に大量殺害できたのも不思議ではない」
ナディミは1月10日の別の投稿で、「革命防衛隊とバシジが至近距離から機関銃で非武装の市民を虐殺している。そして、国軍であるアルテシュは兵舎に籠もり、ただ傍観している(これもまた酷い話だ)」と記している。
炎に巻かれて死ぬか、撃たれて死ぬか
テヘランからは他にも「血の海」を目撃したとの証言が報告されている。また北部の都市ラシュトでは、治安部隊がバザールの火災から逃げようとする非武装の市民を射殺するという衝撃的な事件が発生した。燃え盛るバザールに閉じ込められた人々は、炎に生きながら焼かれるか、弾丸を撃ち込まれて死ぬかの選択を迫られたのだ。
社会の様相が変わってしまった
これらの虐殺はすべて、前例のない規模でインターネットと通信が遮断された中で起こった。イラン政府は固定電話の通信回線さえ遮断した。
「最終的な犠牲者数が判明するまでには時間がかかるが、これは間違いなくイラン史上最も残忍で、最も多くの死者を出した抗議デモ弾圧だ」と、ボストン大学客員研究員で歴史学者のアラシュ・アジジは断言する。「まぎれもなくイスラム共和国史上最も凶悪な所業だ。政権のこれまでの残虐性を考えると、これは相当な意味を持つ」
たった2日間という短い期間であまりにも多くのイラン人家族が立ち直れないほどのショックを受けたため「社会の様相と精神構造がすっかり変わってしまった」と、『What Iranians Want: Women, Life, Freedom(イランの人々が求めるもの──女性、生活、自由)』と題した著書のあるアジジは付け加えた。
マウント・アリソン大学のディバイン准教授も、暫定的な犠牲者数でさえ「1979年の(イラン・イスラム)革命時の抗議デモによる死者数を確実に上回っている」ことが決定的だと認めている。
イラン最後のシャー(国王)となったモハンマド・レザー・パフラヴィー(パーレビ国王)を廃位し、現在のイスラム政権誕生につながった革命で一、二を争う血なまぐさい瞬間は、1978年9月8日に起こった。この日、テヘランのジャレー広場でイラン軍がデモ隊に発砲。この事件での死者は100人未満だったが、結果的にこれがシャーの運命を決定づけた。
今回の虐殺は、最も慎重な犠牲者数の推定を信じるにせよ、最も反体制派寄りの数字を信じるにせよ、あらゆる面で桁違いに致死率が高い。
「この残虐性に少しでも似た近年の歴史的事例を挙げるなら、1980年代前半と1988年の夏にイスラム政権が行った反体制派の大量処刑だ」とアジジは述べた。「この規模の事例は、パフラヴィー王朝時代には起こらなかった」
これに少しでも匹敵するイランの民間人大量殺戮を見つけるには、数世代どころか数世紀は時代を遡らなければならない。おそらく、1790年代の動乱の時代にイラン南部の都市が征服された事件か、13世紀のモンゴル帝国の侵攻にまで遡る必要があるだろう。
現在、ドナルド・トランプ米大統領はイランに対して軍事力を行使する可能性を公言している。実際に攻撃に踏み切るのか、それによってイラン国内に吹き荒れているまさに前例のない国家による暴力を鎮めることができるのかどうかは、まだわからない。
https://www.forbes.com/sites/pauliddon/2026/01/27/scale-of-iran-protest-massacres-rare-show-of-brutality-analysts-say/