大阪護国神社「終戦詔書奉戴の日祭」に参列〜大命奉戴の精神と先の大戦から学ぶべき教訓〜

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昨日に引き続き、久野潤さんにお誘いいただき、大阪護国神社での式典(終戦詔書奉戴の日祭)に参列させていただきました。

↑私は境内で参列させていただきました。久野潤さんの取り計らいに感謝です。

この式典名、久野潤さんの提案でその名になったそうです。

終戦詔書奉戴の日祭という名称には、「まだ抗戦を続ける意志や余力があった日本軍および国民が、民族の滅亡を防ぎ世界の平和を願う天皇陛下の聖断(大命)を謹んで受け入れ、矛を収めて終戦を決断した日を記憶・追悼する祭典」という意味が込められています。
言葉の背景にある核心的なニュアンスを整理すると、以下の通りです。
  • 終戦詔書(大東亜戦争終結ノ詔書)
    単なる敗戦通知ではなく、「これ以上戦争を続ければ我が民族の滅亡のみならず人類の文明をも破却する」として、国家・国民の存続のために昭和天皇が下された戦争終結の御聖断を指します。
  • 奉戴(ほうたい)
    本土決戦を唱える抗戦派や継戦能力が残る部隊が存在するなかで、統帥権の最高規範である「天皇陛下のお言葉(大命)を絶対のものとして謹み、仰ぎ受けて従った」という行為を意味します。敵に屈服・降伏したという受動的な意味ではなく、大御心を拝戴して整然と兵を退いたという主体的・精神的な敬意が込められています。
  • の日祭(のひさい)
    8月15日という節目の日に、大命を奉戴して無念を呑みつつ戦いを終えた将兵・先人たちの忠誠と犠牲を悼み、その決断によって開かれた国家の再建と平和を祈念する神事であることを示しています。

鳥取護国神社にて戦艦武蔵艦長・猪口敏平中将顕彰碑の除幕式に参列〜先人の思いを顕彰し、歴史を未来へ紡ぐ〜

終戦の日ということで、私の「談話」を。

終戦の日に寄せて

令和8年8月15日

先の大戦で亡くなられたすべての方々に、深い哀悼の意を表します。過去の現実から目を逸らさず、そこから得た教訓を、いまを生きる日本の安全と自由を守る力へ確実に結びつけていかねばなりません。

1945年8月15日の玉音放送後も、満洲・樺太・千島等で戦闘や占領、不当な拘束は続きました。停戦宣言と住民の安全回復の「空白」が生んだ被害から、非常時における統治と保護の即応力こそが危機管理の要であると痛感します。

終戦直後の占守島では、不法上陸したソ連軍に対し現地守備隊が組織的反撃を行い、北海道方面への侵略を挫きました。樋口季一郎司令官の指揮は、要点への戦力集中と現場裁量の確保が抑止力を生む好例です。

また、大本営の命令に背いて即時武装解除を拒み、自軍の統制を維持してソ連軍の進攻を阻んだ根本博中将の決断は、在留邦人約4万人の無事帰還を成し遂げました。非常時における在外邦人保護の設計において極めて重要な教訓です。

本土各都市への無差別空襲や広島・長崎への原爆投下は明確に非人道行為であり、非戦闘員を標的にする戦いは二度と許されません。また、東南・南西アジアへ広がった戦域や欧米植民地秩序に対峙した構造を客観的に総括するため、先の大戦を正式呼称である「大東亜戦争」と呼ぶべきと考えます。

痛烈な反省とすべきは情報戦の敗北です。ソ連・コミンテルンは日米双方に工作網を張り巡らせていました。当時、若杉要ニューヨーク総領事が『米国共産党調書』等で警告した通り、日米両国はコミンテルンの謀略で離間され、本来不要だった戦争へ引きずり込まれました。甚大な犠牲を払った日米の陰で、終戦直後に最も勢力を拡大して「高笑い」したのはソ連・共産勢力でした。反スパイ体制や機密保護の法制化が急務です。

他方、日露戦争期に対露攪乱を成功させた明石元二郎、インド国民軍と連携した藤原岩市の「光機関」、陸軍中野学校など、かつての日本の強みに学び情報基盤を再建せねばなりません。

敗戦の根本原因として、情報戦の敗北と並んで看過できないのが、当時の指導層による「マクロ経済への無理解と統制経済の失敗」です。国家社会主義に傾斜した革新官僚や統制派による過度な介入が私有財産を空洞化させ、生産力を激減させました。非常事態を理由に、自由な経済活動を「非国民」と弾圧した統制経済こそが物資不足と民心離反を招いたのであり、戦前体制への反発は過酷な統制への怨嗟でもありました。

山本勝市ら経済学者や、出光佐三、池田成彬、小林中、中島知久平らが訴え続けた自由主義経済こそが復興の原動力です。「経済安全保障」を口実とする国家統制の無原則な拡大を警戒し、健全な市場を守る必要があります。

今日、日本の国民負担率は右肩上がりに上昇し、国家による統制が強まっています。問題を見つけるたびに、自助努力や制度改善ではなく、新たな「〇〇給付金」等のバラマキを創設する手法が目立ちます。国民を国家に依存させ、予算と統制権限を肥大化させる傾向が常態化しており、戦前の統制経済回帰に強い危機感を抱きます。

本来、減税には2つの重要な意味があると考えます。1つは「国民が自由に使えるお金を増やす」こと。そしてもう1つは「政府の使えるお金を減らし、肥大化する統制力を削る」という決定的な意味があります。残念ながら多くの政党が後者を理解していません。高市政権での消費税減税表明に対し「財源なき減税は無責任」といった支離滅裂な主張はその証拠です。また多くの政党において減税公約を反故にして給付金で国民の目をごまかす欺瞞も露呈しました。

政府の統制を弱め自由な市場を取り戻せば、民間主導の経済成長が起き、結果として国民生活が豊かになり、各種の社会課題が解決に向かい、さらには税収も増加するという希望の好循環が生まれます。無駄な歳出を徹底して削り自由主義経済への転換を断行するアルゼンチンのミレイ大統領の手腕は、我が国にとっても大いに注目すべき先例です。

米国の「ヴェノナ文書」公開をはじめ、欧米では先の大戦における共産主義の浸透工作等について歴史認識の見直しが進んでいます。日本も占領期の検閲・焚書、東京裁判による「勝者の規範」、日教組による単線的教育が生んだ「自虐史観」から脱却し、一次資料や国際法に基づく公正な学び直しを進めるべきです。中露等の対日プロパガンダや通州事件・葛根廟事件の蛮行に対し、客観的事実を核とした戦略的発信を強化していく必要があります。

自虐史観の克服と自由主義経済の堅持こそ国づくりの土台です。歴史の教訓に学び、政府による過度な統制を排し、言論と選挙、法の支配と説明責任という正面の手段で、国政を経験した者として民主主義を守る最前線に立つ覚悟をここに表明いたします。

日本自由党総裁
前参議院議員 浜田 聡

※追記修正しました。

昨年の談話は、情報戦の敗北を前面に出したもので、大変大きな反響(80万ビューほど)がありました。

https://x.com/satoshi_hamada/status/1956260553925779766?s=20

しかし、今回は少なくとも以下の理由から、現時点では昨年ほどの反響はありません。

・エックスの字数制限により文字数が少なくなった。

・今年の談話を午前中に出したものに、追加修正を加えた。

昨年の内容(主に情報戦敗北の反省)に加え、自由主義経済の重要性、減税の2つの意味、を盛り込み、昨年のものより出来はいいと思うのですが。

保守派の方々が読めば、(他党の談話に比べて)その良さには気づいてもらえると思いますので、今後も少しずつ拡散していこうと思います。

先人たちが命懸けで守り抜こうとしたこの国を、誤った歴史観や過度な国家統制によって衰退させるわけにはいきません。

歴史の教訓を正しく受け止め、情報戦・経済の両面から日本の主権と自由を守り抜くため、今後もぶれずに発信と行動を続けてまいります。

引き続き、皆様のご指導ご鞭撻とご支援を賜りますようよろしくお願い申し上げます。

コメント

  1. とみえさん より:

    大分県の自民党国会議員も護国神社で式典に参列されていました。だからあの議員は靖国神社に参拝していない。という言説はおかしいのです。
    中国の発展も自由経済によるものです。
    敵国ですが経済は学ぶところがあるのかも???

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