今回は、自由民主党について、です。そして私が、日本自由党を立ち上げた理由、です。
上記動画(40分間以上)で細かく説明されています。
ここで強調したいこととして、自由民主党は 1955年 自由党 と 日本民主党 が合併してできた、ということです。
現在の自由民主党(自民党)は、
1955年(昭和30年)に、自由党と日本民主党という2つの保守政党が合併して誕生した政党です。この出来事は「保守合同」と呼ばれ、日本の戦後政治史において重要な転換点とされています。
詳細な経緯:
- 自由党(吉田茂らが中心)
→ 戦後直後の政権を担った政党。保守本流とされます。- 日本民主党(鳩山一郎、岸信介、三木武吉らが中心)
→ 自由党に対抗して1954年に結成された保守政党。岸信介らの「保守革新」的な志向もありました。- 両党は対立していたものの、当時勢いを増していた日本社会党(左派)の台頭に対抗するため、1955年に合併。
結果:
1955年11月15日、自由民主党が結成され、以後ほぼ一貫して政権を維持する、いわゆる「55年体制」が始まりました。
ご希望があれば、保守合同の背景や、自由党・日本民主党それぞれの路線の違いも整理します。
自由党、日本民主党の路線の違いは以下の通り。
自由民主党の前身である 自由党 と 日本民主党 は、いずれも「保守政党」ではありますが、政策的志向や人材構成、対米・対官僚姿勢などに違いがありました。以下にその違いを整理してご説明します。
🟦 自由党(吉田茂を中心とする保守本流)
項目 内容 創設者 吉田茂(元外相・首相) 結成年 1945年(日本自由党 → のちに自由党) 主な人物 吉田茂、池田勇人、佐藤栄作、大平正芳など(いわゆる「宏池会」系) 路線・特徴
- 親米・官僚主導型
- 財政規律と経済成長を重視(吉田ドクトリン)
- 軍備よりも経済優先(再軍備には慎重)
- 官僚出身者が多く、現実主義・実務主義
- 戦後復興を経済再建で実現しようとする穏健保守 |
| 対社会主義勢力 | 反共だが急進的対決路線は避ける傾向(現実的バランス感覚) |
🟥 日本民主党(鳩山一郎・岸信介・三木武夫らによる保守革新系)
項目 内容 創設者 鳩山一郎(戦後公職追放解除後に政界復帰) 結成年 1954年(吉田内閣に対抗して自由党を離脱) 主な人物 鳩山一郎、岸信介、三木武夫、藤山愛一郎など 路線・特徴
- 自主憲法制定・再軍備推進
- 脱・吉田路線、反官僚・反吉田
- 対米従属からの脱却を模索(岸信介の「自主外交」志向)
- 地方基盤が強く、草の根運動に強み
- 官僚色よりも政治家主導の色彩が濃い |
| 対社会主義勢力 | 反共色が強く、「革新政党(社会党)」との対立色が鮮明 |
🔁 両者の違いを簡潔に比較
項目 自由党 日本民主党 主導層 官僚中心(吉田茂) 政治家中心(鳩山・岸) 対米姿勢 親米・従属的 対米自主路線 安全保障 軍備より経済優先 再軍備・自主憲法志向 政治スタイル 実務型・漸進型 改革型・攻撃的 地盤 中央官庁・財界 地方基盤・運動型支持層
🎯 合流による影響(保守合同)
- 吉田系の自由党:官僚主導・穏健
- 岸・鳩山系の民主党:政治主導・タカ派
この両者が合流した結果、自民党内に「保守本流」と「保守傍流(タカ派・改憲派)」が共存する構造となりました。
その後も総裁選や政策対立は、この「自由党系 vs 民主党系」の流れで見ると理解しやすいです。
必要があれば、「吉田ドクトリン」と「岸信介の自主憲法論」の比較や、池田勇人・田中角栄・福田赳夫らへの影響も解説できます。
ここで、渡瀬裕哉さんのブログ記事を。
2015年11月15日 自由民主党結党60年、山本勝市「福祉国家亡国論」とともに
記事のキーパーソン:山本勝市(やまもとかついち)氏とは?
自由経済の番人: 戦後の日本において、政府の介入を嫌う「オーストリア学派(ハイエクなど)」の経済学を日本に紹介した第一人者。
自民党のルーツを築く: 鳩山一郎率いる「自由党」の結党メンバーであり、日本の経済政策のベースに「自由経済」を据え置いた立役者。
反・全体主義: 社会主義や全体主義に真っ向から立ち向かい、戦後日本の「自由」を守り抜こうとした人物。
1955年「自民党結党」の裏で起きた悲劇
「自由党」と「日本民主党」の合併: この保守合同によって現在の自由民主党(自民党)が誕生した。
計画経済派(岸信介氏)による主導権掌握:
元・革新官僚(国家主導の経済を好む官僚)である岸信介氏が幹事長として実権を握った。
これにより、自由党が掲げていた「純粋な自由主義経済」の芽が摘み取られ、政府が社会や市場をコントロールする「計画」の思想がねじ込まれた。
党綱領の決定的な違い:
山本氏らの「自由党」の綱領には「計画」という言葉はなかった。
岸氏らの「日本民主党」の綱領には「計画」が明記されていた。
結果として、自由党は岸氏の「計画経済」の波に飲み込まれてしまった。
著書『福祉国家亡国論』が警告するもの
山本勝市氏の著書(現在は絶版)であり、自民党結党のプロセスでいかに自由主義が歪められ、現在の日本の「病根」が植え付けられたかが克明に記されている。
現代(2015年時点)の自民党に対する激辛評価
失われた自由主義の精神: 自民党は口では「自由経済」を謳うが、膨らみ続ける政府予算と国の借金を見れば、かつての自由党の精神(小さな政府・市場への不介入)は消え失せている。
岸信介路線の完全支配: 安倍首相(当時)は岸信介氏の孫であり、現在の自民党はもはや「岸信介(旧日本民主党)の系譜」に完全に支配されている。
筆者からの警鐘: 自民党議員は、結党の歴史(自由主義が計画経済に敗北したプロセス)を今一度問い直し、山本勝市氏が残した「自由主義のDNA」を取り戻すべきである。
1955年の保守合同から70年余りが経ちました。
歴史を振り返れば明らかなように、現在の自民党は、私たちが求める「市場の自由」や「小さな政府」を体現する政党ではありません。岸信介氏から続く「国家による計画・管理・増税」のDNAに完全に支配され、国民の財産を毟(むし)り取り、予算と負債を膨らませ続ける巨大な利権組織になり果てています。
本来の『自由』のDNA――山本勝市先生が命をかけて守ろうとし、吉田茂の自由党が志した「市場と個人に自由を返し、国家の介入を最小限に留める」という精神は、すでに今の自民党には一滴も残されていません。
だからこそ、私、浜田聡は、いま新しく「日本自由党」を立ち上げ、その総裁として戦っています。
私たちが目指すのは、自民党が捨て去った、真の自由主義・小さな政府の復権です。国家が計画し管理する社会主義的なぬるま湯(福祉国家亡国論への道)から脱却し、日本の経済に、そして国民一人ひとりに本来のダイナミズムを取り戻す。それこそが、山本先生が夢見た日本の姿であると確信しています。
既得権益にまみれた「管理社会」を壊し、誰もが自由に挑戦できる日本へ。
この趣旨にご賛同いただける方は、是非とも日本自由党の党員登録(党員費:月額980円)をお願いいたします。
皆様のご理解と、熱いご支援をよろしくお願い申し上げます。
▼日本自由党 公式ウェブサイト(党員登録・詳細はこちら) https://nihon-jiyuto.jp/