今回は民選議院設立の建白書について。
2025年3月の参議院総務委員会で取り上げました。
2025年3月25日の参議院総務委員会における、民撰議院設立の建白書に関する質問と答弁の要旨は以下の通りです。
質問と答弁の要旨([10:54] 付近から)
浜田聡議員の質問:
1874年(明治7年)1月に明治政府へ提出された「民撰議院設立の建白書」を取り上げ、当時の重い税負担がこの建白書提出の大きな背景にあったことを指摘しました。配布資料では滋賀県減税会のウェブサイトを紹介し、板垣退助や江藤新平ら8名の提出者に言及しています。
その上で、「この建白書の意義を今こそ再評価すべきではないか」と述べ、現在の政府としての見解を質しました。
財務省(田原審議官)の答弁:
建白書自体が国会のあり方に関わる歴史的事案であるため、政府として直接的な評価を下すことは差し控えたいとしつつ、一般論として以下の認識を示しました。
建白書の意義: 国民によって選ばれた議員による国会を設立し、そこで政策を議論することの重要性を説いたものと承知している。
現在のプロセス: 現代の税制改正においては、各省の要望や与党・政府内での議論、有識者の検討を経て閣議決定され、最終的に国会で審議されるというプロセスを重視しており、国会での十分な審議を通じて国民の理解を得ることが重要であると考えている。
補足説明と提言
浜田議員は答弁を受け、2019年から2020年にかけて渡瀬裕哉氏による「民撰議院設立の建白書」の現代語訳冊子が全国会議員に配布されたエピソードを紹介しました。
「国民から選ばれた国会議員が、自ら税制を含む政策を議論できる仕組みを作ることこそが、この建白書の重要な点である」と強調し、政治家や官僚が改めてこの原点に注目すべきであると訴えました。
関連する動画をYouTubeから。
要約は以下の通り。
YouTube動画「【明治時代】211 大久保政権と民撰議院設立建白書【日本史】」の内容を詳細に要約します。
この動画では、明治政府の分裂(明治六年の政変)後、大久保利通がどのように政権を運営し、一方で政府を去った人々がどのように対抗していったのか、その過程が詳しく解説されています。
1. 大久保政権の成立と「有司専制」
大久保の構想: 岩倉使節団で海外の強国を目の当たりにした大久保利通は、日本の近代化には産業力・経済力が不可欠だと考えました [01:03]。
内務省の設立: 大久保は自ら内務省を設立してリーダー(内務卿)となり、自身に権限を集中させました。これを支えたのが大隈重信や伊藤博文らです [01:25]。
有司専制: 薩摩・長州の有力者が中心となって物事を決めるこの体制は、後に「有司専制」として批判の対象となります。
2. 言論による抗争:板垣退助と民撰議院設立建白書
愛国公党の結成: 政府を去った板垣退助は、西洋の思想を背景に「政治は国民が参加するもの」と唱え、日本初の政党である愛国公党を結成しました [02:37]。
建白書の提出: 板垣らは、一部の人間だけで政治を行う現状を批判し、国会の開設を求める民撰議院設立建白書を政府に提出しました [03:10]。
新聞の役割: 当時発達し始めていた新聞がこの主張を報じたことで、多くの国民が政治や国会について関心を持つようになり、後の自由民権運動へとつながっていきました [04:24]。
3. 武力による抗争:江藤新平と佐賀の乱
士族の不満: 政府を去った江藤新平は、特権を奪われ不満を募らせていた地元・佐賀の士族たちに担がれる形で挙兵します(佐賀の乱) [05:43]。
鎮圧と処刑: 大久保は素早く行動して自ら鎮圧に乗り出しました。逃亡した江藤は西郷隆盛に助けを求めますが拒絶され、最終的に捕らえられて処刑されました [06:26]。
4. 混迷する政府と「大阪会議」
政府内の対立: 国内の不満を外に向けるための台湾出兵を巡り、内治優先を唱える木戸孝允が反発して政府を去り、大久保は孤立を深めます [07:09]。
妥協と協力: 大久保は、反政府運動を弱めるために、野に下っていた木戸や板垣と妥協を図ります。1875年、大阪の料亭で話し合いが行われました(大阪会議) [08:23]。
立憲体制へ: この会議の結果、将来的な憲法制定と国会開設が約束され、木戸と板垣は政府に復帰しました。
5. 政治体制の刷新
漸次立憲政体樹立の詔: 政府は国民に対し、段階的に立憲政治(法に基づく政治)を整えていくことを宣言しました [08:39]。
新たな機関: 憲法を作るための立法機関として元老院、司法の最高機関として大審院が設置され、日本は近代的な国家体制を目指して歩み始めることになります [09:03]。
この民選議院設立の建白書に関する記念日をまとめてみます。
「民選議院設立の建白書」そのものに公的な国民の祝日があるわけではありませんが、1月17日は自由民権運動の端緒となった極めて重要な歴史的記念日として、教育現場や市民運動、地域の記念館などで特別な意味を持って扱われています。
以下に、この建白書に関連する主要な「記念日」や「節目となる日」をまとめます。
1. 1月17日:建白書の提出記念日
1874年(明治7年)1月17日、板垣退助や江藤新平ら8名が明治政府(左院)に「民撰議院設立建白書」を提出した日です。
歴史的意義: 日本における自由民権運動の事実上のスタート日とされています。
現代の動向:
政治家や「減税会」などの市民団体が、**「国民の声を政治に届ける記念日」**としてSNSや街頭演説で取り上げることが増えています。
浜田聡前参議院議員も質問で触れていたように、「有司専制(官僚独裁)」を批判し「納税者に参政権を」と訴えた原点の日として再評価されています。
2. 自由民権運動の「150周年」節目
2024年(令和6年)は、1874年の建白書提出からちょうど150周年にあたる記念の年でした。
高知県の動き: 自由民権運動の発祥の地である高知県では、高知市立自由民権記念館を中心に、2024年から2025年にかけて大規模な記念講演会や企画展が開催されています。
全国的な展開: 「自由は土佐の山間より」という言葉を掲げ、全国の民権ゆかりの地でシンポジウムなどが開かれています。
3. 関連する歴史的節目
建白書から始まった運動が結実したプロセスに関連する記念日です。
日付 出来事 記念としての意味 4月14日 漸次立憲政体樹立の詔(1875年) 政府が「将来的に国会を作る」と初めて約束した日。 10月12日 国会開設の勅諭(1881年) 「10年後の国会開設」を正式に約束した日。一部の地域や団体で記念行事が行われます。 2月11日 大日本帝国憲法発布(1889年) 現在の「建国記念の日」ですが、当時は民権運動の成果である憲法が形になった日でもありました。 4. その他(1月17日の重なり)
偶然の一致ですが、1月17日は以下の記念日とも重なっており、歴史や社会を考える日となっています。
明治大学の創立記念日: 自由民権運動の熱気の中、1881年に「明治法律学校」として創立されました。
防災とボランティアの日: 阪神・淡路大震災(1995年)に由来。「官」に頼らず「民」が動いたボランティア元年とされ、市民の自律という点では民権運動の精神とも通じる部分があります。
建白書提出から150年が経ち、当時の「納税者の代表が予算を議論すべき」という主張は、現代の減税運動や政治改革の文脈で再び脚光を浴びています。
1月17日という日について、再確認する機会となりました。
コメント
1874年には、日本の人口は約3500万人、世界の人口は約13億人だったそうです。
公民権運動と比較して、自由民権運動の清々しいこと。公民権運動も基本的には必要なことだったと認識しているだけではなくリスペクトしていますけれど。
近頃の選挙を見ていると、システムが違うことはさてとき、財政が最も重要な目的のひとつである国会に、例えば、住民税は課税世帯、生活保護受給者、さまざまな給付金を受けて納税のない人に、投票の権利があるのは、ある意味で間違えているかも知れません。だから、レベルの低い選挙活動や政策そっちのけ、公約を守らなくても構わない、「ばら撒き選挙」になっているとも言えます。
官民連携は理想的です。何もかもが止まっていて、目の前の人が危険で助かってくれるだけで良いと思う時とは別にして、平時のボランティアは質が低いか参加してもらえないかになりがちです。成果に報酬を適切に払う体制があれば、小さな政府は実現しやすいでしょう。何もかも切り捨てるのでも、何もかも抱え込むのでもありません。
民間が利益を優先するならば、政府は成果を基準にするべきではないでしょうか。
徴税とは、国民へのサービスに対する契約です。
村上大臣に「丁寧すぎる」とお話しされたのも、懐かしく感じるほどの古い話なりました。あのような方に変代わりに、心ある議員を送り入れなければなりません。
日本には、屁理屈で言葉遊びをする時間の猶予はありません。
一緒に走りますから、覚えていてください。
また、朝は来ます。お彼岸も近づき眩しすぎるくらいです。
1874年には、日本の人口は約3500万人、世界の人口は約13億人だったそうです。
公民権運動と比較して、自由民権運動の清々しいこと。公民権運動も基本的には必要なことだったと認識しているだけではなくリスペクトしていますけれど。
財政が最も重要な目的のひとつである国会と聞くと、例えば納税のない人に投票の権利があるのは、ある意味で間違えている気さえします。それが、政策不本意で、公約を守らないことを当然とする「ばら撒き選挙」になっているとも言えます。もちろん、理想は全国民の知恵と心のある投票ですが。
納税は、国民へのサービスに対する契約です。
官民連携は理想的です。平時にボランティアに頼れば、質が低いか参加してもらえないことになりがちです。成果に報酬を適切に払う体制があれば、小さな政府は実現しやすいでしょう。何もかも切り捨てるのでも、何もかも抱え込むのでもありません。
民間が利益を優先するならば、政府は成果を基準にするべきではないでしょうか。評価が難しいですが、月給ではなく日当という話をしたいわけではありません。でも、利権ではありません。金銭を含めて、交換条件のようなものです。
村上大臣に「丁寧すぎる」とお話しされました。あのような方に代わる人材を送り込まなければ、日本には言葉遊びの時間の猶予はありません。
浜田先生の50分の質問は、それでも時間が足りず。
とても頼もしかったです。いまはグレードアップのための時間です。
私も意識を少しだけ変えて、もっと自分を大切にしたり、大切にしてくれる人に応えたいと思います。
らくがき御免…