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複雑怪奇な税負担は社会の損失

私が政策立案においてお世話になっている救国シンクタンクさんのメルマガの一部を共有します。

江戸時代から明治時代になったとき、日本には雑税とされる税金が全国に無数に存在していました。その雑税の数は一体幾つあったのでしょうか?
実は明治時代初期の雑税は1533種類がありました。そして、全国でバラバラに施行されていた税金は、新しい時代を迎えた日本が発展していくための足枷となっていました。これだけの税種類があると、徴税業務も含めてまともな政府運営を行うことは困難であったことは明らかです。
(中略)
税金が複雑であるということは、社会のルールが分かりにくいということを意味します。そのため、税金の複雑性は政府による不透明な力の行使の温床となり、政治腐敗を助長させるために経済成長の阻害要因となります。
また、税金を支払うことができる人はそれだけ社会に多くの富を生み出している人だとも言えます。しかし、その人物が複雑怪奇な税負担に直面した際に、その頭脳を節税のために使うことは多大な社会損失を生み出している状況が起きてしまいます。
(中略)
およそ国が発展していくためには、公平で簡素な税金の仕組みを整備し、少ない規制で国民が伸び伸びと暮らせるようにすることが重要です。これは先進国である日本においても同様であり、我々はまだまだ積極的な改革を行っていくことが必要です。

明治時代の税制の近代化については、国税庁がウェブ上で資料の提供をしています。

2 税制の近代化と整備 ―雑税整理―

地租改正により、土地税制が改正され全国統一化されるとともに、明治政府は安定した税源を確保しましたが、次に地租以外の税制改革が課題となりました。また、農業者に比べて商工業者や華士族の税負担が軽すぎるという問題も残されていました。
大蔵省租税頭(現在の主税局長)であった松方正義の提言を受けて、明治8年に約1500にも上る雑税を廃止する雑税整理が行われました。
さらに酒税や禄税、煙草税(施行は明治9年)が創設されました。対清関係の緊張に伴う軍事費増加のため、酒税を始めとする間接税は増税の対象となり、日本の税収に占める比重が次第に増していきます。
雑税整理に伴い、国税と地方税との区分が明確化され、さらに、地方税は明治11年の地方税規則により体系化され、課税方法や税率などを定める際には、府県会の議決が必要と定められました。
このように、地租改正以降、徐々に税制が整備されて行きました。(以下略)

簡素な税制の重要性については国会でなかなか議論されることはないように思いますが、ないことはないです。

私も国会で簡素な税制の必要性を訴えているつもりです。

救国シンクタンクさんのレポートでは過去にも同趣旨の内容のものがあります。税制の複雑さが全く改善される兆しがない現状では、繰り返し簡素な税制の意義を確認することは重要です。

簡素な税制を求める声はそれなりにあろうかと思います。

私も国会で引き続き簡素な税制へのシフトの重要性を訴えていきたいと思います。

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コメント

  1. 名無し より:

    税制が複雑怪奇になったまま放置されている理由は、財務省の「国民を煙に巻いて税収を最大化したい」という思惑と、与党の「票をたくさんくれるお金持ちの有権者になんとか恩返しをしたい」という思惑が「税制を複雑怪奇なままにしておく」という解決策によってどちらも満たされているからだと思っています。